水曜日

相変わらず蛍光灯をつけられなかった。蛍光灯をつけるということは、ここにいますよという宣言と同じだった。宣言をすると気付かれてしまう。宗教勧誘とか受信料の集金とか隣の隣の隣に住む人に捕まってしまう。インターホンが鳴る。玄関を開けたら、うっかり引っ張られる。

たとえそれが空いている最終電車だとしても、走行中は他人の声がうまく聞き取れない。隣に立つさっき知り合った男性の声も聞こえないからすこし耳を近づけてみると僕の顔は好みのタイプかと訊かれていた。マスクを外した顔がぐっと近付く。そして、一番の幸せは仕事じゃないあなたは大丈夫もうすぐ子どもも出来て幸せになれると、彼は言った。

思い出したのは、パジャマ代わりにしていたネルシャツのワンピース、混雑したバラナシの駅舎、ホテルの前で買ったミネラルウォーター、テールランプだけが光る道で、それらはすべて蛍光灯とは同居できないけれど確かに在る私だった。

それにしてもあっという間に水曜日の夜は来て、おなかが空くのでうどんを食べる。冷凍うどんを上手に解凍できない。せっかく七味を出したのにかけずに食べ終えてしまった。どうして。誰かと暮らしたいと思った。

辛いなら諦めればいい、余計なこと考えずに背負わずに好きな人と結婚して幸せになればいい、あなたがそれを羨むのもわかる、でもあなたはどうしても、そうじゃないのでしょう、と今度はあの人が予言めいたことを言う。すぐに話題は切り替わってwifiの調子が悪いとかヨーグルトばかり食べていてはだめだとか。