女たち

こんな夢を見た。

母の部屋の壁の色。ベッドのなかに男とふたりでいた。彼の身体はどこをさわってもすべすべしていた。男が望んでいることに、そしてそれが本心であると信じられることに、安心した。どうなったか覚えていないけれどなぜか、その状況に至ったことに納得していた。確信していた。

場面が変わる。何度もこの夢を見ていると思った。熱のある彼女をおぶってゆるやかな坂を下った。彼女はよく熱を出す。繊細な人だから、何か予想外のことが起こって受け止めきれないときには体調を崩してしまう。そうしてやり過ごすかのようにしばらく眠る。坂を下るあいだ、彼女は熱い息を吐いて朦朧としながらも、スカートの裾を気にしていた。彼女はどこまでも淑女だった。ちょっとうんざりしてしまうくらい。

坂を下りきったところに彼女の家がある。大きくはないけれど立派な家だった。引き戸を開けて玄関に入ると、式台があって高めの床があって奥に大部屋がある。玄関わきには細い階段があって、彼女の部屋がある二階につながっている。私はこの家のことを良く知っていた。

奥から彼女のお母さまが出てきた。おっとりとした不思議な人で、なんとなく自身の世界以外はどうでもいいと心から思っているように感じられる、はっきりとはいえない怖さを持つ人だった。彼女はこのお母さまによく似ていた。

わたしは彼女を二階に連れて行って面倒をみるからやわらかいご飯とお吸い物とお水を用意して運んできてくれるかしら、と彼女のお母さまは私に言った。彼女のお母さまも介抱に慣れている。苦しそうな彼女を支えながら、私の返答も聞かないまま、階段をのぼっていった。私はすぐに台所へ行き、ちょうど炊きあがっていた白ご飯をお茶碗によそった。お水はふたつ用意した。お盆にのせて二階にあがった。

彼女はふかふかの布団の中にいて、そのわきにお母さまが座っていた。枕元には洗面器と数枚のタオルが置いてあり、お母さまは濡らしたタオルで彼女の顔を優しく拭いていた。苦しそうな彼女の顔が綺麗だった。見惚れてはいけない、彼女は苦しいのだから。持ってきましたあとはお吸い物ですよねと一息に言ってお盆を置きながら、これだけあっても仕方ないだろう、と気がつかなかった自分を責めた。お母さまが少し驚いたようにこちらを見て、一瞬静止した。焦点を合わせているかのようだった。そして、そうねありがとうよろしくね、と言うとすぐにまた彼女の看病に戻った。恐ろしかった。

階段を下りて、玄関で靴下を脱いだり履いたりしていた。足の裏が熱いな、でも裸足だと台所の床は冷たいかな、爪を塗ったのはいつだったろうとか考えていた。

外から話し声が聞こえた。「……あの様子だときっと知っていただろう……それなのに背負ってまで……」途切れ途切れで何を話しているかよくわからない。話しながら玄関に入ってきた人と目が合った。その人は、彼女と私のもう一人の親友だった。あれもう帰ったんじゃないの、と小さな声で訊かれた。急にいろいろなことがはっきりしてきたように感じて、思わず涙が出そうになった。なにも答えられないまま、階段に座った。玄関の引き戸が閉まる瞬間、外にいたSと目が合った。そうだ、あのさ、わたし男と寝た。Sにそれをいわなくちゃ、と立ち上がったけれど戸はもう閉まっていたし、そもそもわけがわからなかった。わからないわからない、と思っていたら目が覚めた。